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知的饕餮日記

はてな女子で知識欲の亡者で発達障害で腐女子な人の日常だったり恨み節だったり

発達障害者が艦隊これくしょんで劇的にQOLを向上させるまでの49日間。

はじめに

私は現在無職である。威張って言うことではない。
生来の発達障害に二次障害の鬱と人格障害を併発して、一般社会では使いものにならなくなった。
現在では発達障害当事者団体の作業所に通い、できる限りのことをして工賃をいただいている生活である。自治体ありがとう。もう健常者の真似をするのはうんざりでござる。

このような有様なので、生まれつき持ち合わせている生活スキルは非常に低い。加えてそれらを獲得できていない。
今から私が「これができた!」「あれもできる!」と書くことは、健常者の方々にとっては「なんでそんなことできなかったの?」と疑問を呈するものばかりであると推察される。
非常にレベルの低い要素で欣喜雀躍することをご容赦いただきたい。
何しろ、私が幼い頃は発達障害という概念どころか『IQ70以上の自閉症』児の存在すら公になっていなかったので、発達障害児に典型的なこだわり行動・感覚過敏等をすべて「わがまま」という魔法の言葉で封じ込められた結果、非常に自己肯定感が低く、卑屈で、自己の存在意義を認めづらい性格になってしまったのだ(これが人格障害=とても性格が悪い、ということ)。
今の自分を別段可哀想がったり、「障害を持ってるからできなくてもしょうがないよね!」などと開き直ったりすることはない(と思いたい)が、7歳の私を「可哀想だったね」「しょうがなかったよね」と慰められるのは今の年増の私しかいないのである。

閑話休題。
以下は、かように生きづらい私が、角川書店×DMMのソーシャルゲーム『艦隊これくしょん』(以下艦これ)によってクオリティ・オブ・ライフを向上させ、少しでも健常者に近い生活の入手のしかたを発見するまでの記録である。
足柄さん可愛い。不知火ちゃん踏んで。

Before 艦これ - 典型的なダメ人間

艦これを始めるまで、私は典型的なダメ人間であった。
最低限の生活が保障されることをいいことに、毎日適当な時間に起き、適当にジャンクフードを食べ、適当に排泄物を生成し、適当に寝ていた。
「自分を大切にしない」人間特有の現象なのだが、自分を粗末にしても自分以外誰も困らないので、つい楽な方向へと流れてしまうのである。健全な自己愛を形成できなかった人間に「自分を大切にする」という発想はない。
毎週通っているカウンセリングでもこのダメ人間ぶりはよく俎上に上り、「こんなダメ人間ではいけませんよね」「人生に目標を持たないといけませんよね」と口にはするが、さてどこを目指すかとなると、足が止まってしまう。
抽象的な目標をイメージし、具体化する能力が極めて乏しいのである。カウンセラーの先生にアドバイスをいただいて少しは具体化できたものもあるが、基本的に自分ではどうしようもない。
目の見えない人にこれを読めとか、耳の聞こえない人にこれを聞けというようなものである。できない。
療育を受ける子供ではないのだから、「できない」だけではどうしようもない。目の見えない人が点字を学び、耳の聞こえない人が手話を習得するように、「できない」ことを別の「できる」ことでカヴァーしなければならない。
抽象的なものを具体化する手段を、11月17日までの私は欠いていた。
そんな中、『艦これ』を始める。

艦これブーム - 酸っぱい葡萄に手を伸ばす

『艦これ』が流行っているらしい、というのを、漠然と感じたのは8月頃である。
好きな男性向け同人作家さんが艦これ本を出した。ツイッターのTLで山や川の名前を多く見るようになった。
日本海軍の艦船を擬人化して戦わせて育てるゲームだと知った時は、そこまで興味を持つことはなかった。
私は世間の流行りとは関係のないところで生きるのが得意な人間である(現在のブームは京極夏彦(第5次)と無双シリーズ(第2次)である)。
しかしあまりに人口に膾炙するようになると、やはり気になってしまう。イクさんって何、ノイエシルチスの赤グループのトップとは別人なの、とか。
周知の通り、『艦これ』は凄まじい人気のために新規登録を制限している。10月くらいまではそれを理由に「酸っぱい葡萄」を気取ることもできたが、11月に入ると運営側がサーバを増強し、比較的楽に新規登録できるようになった。私はDMMのアカウントを取得した。艦これ運営アカウントもフォローした。
11月18日、ようやくブルネイ鎮守府に着任することができた。
まだ攻略wikiの存在を知らなかったので、ユーザ名を本HNにしてしまった。とりあえず叢雲さんを選択し、デレのないツンに苦しんだ。任務を達成した際に「達成」欄をクリックしなければならないことを知らずにパニックを起こし、お友達に迷惑をかけたりもした。着任翌日にイムヤちゃんを迎えて、4日目に轟沈させた。後に建造レシピオール30でイムヤちゃんの出る確率の低さを知り、戦慄した。その後イムヤちゃんゲットは霧の艦隊イベントまで待つことになる。
そして私は自分の人生に欠如しているものに気づいた

艦娘管理から自己管理に目覚めるまで

これまた周知の通り『艦これ』は大量に課金せずとも楽しめるゲームである。
円滑な鎮守府運営のためには入渠のドック2つ分(2000円相当)を開放した方がはるかに楽だが、しなくともよい。資源を購入することもできるが、時間とともに漸増する分と遠征で持ち帰る分だけでも回していける。鎮守府の見栄えをよくするなら家具職人を雇った方がいいが、できあいのパーツでも素敵な鎮守府を構築することは可能である。
その代わり、入渠と遠征の時間管理が必要である。
艦船の失われたHPを回復させるには入渠させる必要がある。入渠には艦船の種類・レベル・ダメージによって一定の時間・鋼材を消費する。高速修復材(通称バケツ)で入渠時間をゼロにすることもできるが、資源をケチることはできない。バケツを入手できる任務・遠征も限られている。
よってプレイヤーは自覚的に鎮守府の管理を行うことを必要とされる。
最初は駆逐艦のみ、レベルも低いので5分や10分で出渠できたが、軽巡洋艦を迎えるようになり、1-4で敵空母と戦うフェーズへ行くと、入渠に1時間かかるのはざらになる(ちなみに今はレベル79だが、1時間30分程度なら「短い短い」と言ってバケツを利用しないようになった)。
貧乏性なので、ドックを遊ばせておくと、もったいないおばけに襲われるような恐怖感すら覚える。それを回避するためには、入渠時間の管理が必要となる。適当にやっていては効率が悪い。
そこで、Google Chrome拡張機能の時計に付属するストップウォッチを使うようになった。入渠する際に出渠時間を見て、出渠前後にアラームを鳴らすようにする。だらだらと他のタブと艦これタブを行き来して監視する気分に浸るよりも飛躍的に効率が向上する。
アラームをかけることで時間管理をアウトソーシングでき、自分の頭で覚えておく必要がなくなる。
これは発達障害者の苦手な自己管理へもフィードバックできる非常に有効な方法である。

かくして日々の生活に目的意識が芽生え、午前の演習を逃さないために早く起き、長時間入渠にもバケツを使わないようにと早寝するライフサイクルが形成されていった。

欲が出る

『艦これは生活』という言葉があるらしい。
調べると、私以外の多くの廃人提督さんたちが、『艦これ』によって生活を立て直していく様が多々見られた。
また、日々の提督ライフをどこかに記した方がよいのではないかという気になった。昨日と同じ艦娘はいない。みな少しずつレベルが上がり、誰かを犠牲にして強化されてゆく。
そのように、私自身も昨日と同じ私はいない。何かを食べて寝て起きた、昨日と違う私が存在している。
その変遷を記録すれば、だらしない生活を律することができるのではないかと考えた。
ちょうど暦は霜月から師走に代わり、新年のカレンダーや手帳が出回る季節だった。
働いていた頃に活用していたほぼ日手帳を購入した。使い勝手のよさをしっかり認識していたからだ。
12月1日から記録をつけ始めた。起床と就寝の時間、艦これのレベルと階級をまず記録し、もののついでに買い物の記録もつけた。やがて三食と間食も記録し始めた。
衝動的な無駄遣いは長年の懸案であった。管理しなければ、という念だけはあっても発達障害者の常で具体的な対策を怠り、つい目の前にある分のお金を遣ってしまう日々が続いていた。
記録を取ることで、いかに自分が無駄な時間やお金の遣い方をしているかがより鮮明になった。
化粧品や衛生用品などの消費サイクルに無頓着だったのが、きちんと記録をしてどういったスパンで買えばいいのかを考えるようになった。
食費の削減に目を向け、最初はもやしと豆腐をシリコンスチーマーに入れてレンチンするようになり、やがて7日間脂肪燃焼ダイエットを参考にして、鍋を購入して野菜スープを作るようになった。
食に対するこだわりは、「おいしいものを食べる」よりも「毎日同じものを食べる」ことに特化されているので、作り置きのスープを温めるだけ、という生活サイクルは非常にフィットした。
ついでになんとなく白米よりも十六穀米の方が身体にいいような気がしたので導入してみた。
年末になり体調を崩すまでは、毎日アニメダイエットも敢行していた。言葉を飾ってもただの引きこもりでしかなかった私にとって、運動をして汗を流すという行動は非常に尊いものとなった。
就寝と起床の時間をより明確にするため、睡眠導入剤を飲んで眠気に襲われたら、PCを閉じる前に「OYASUMINASAI」とツイートし、目が覚めたら暖房をつけてから「Ohayou Gozaimath」とツイートする習慣をつけた。なぜ偽英語(ローマ字でもない)かというと、botさん対策である。
古川日出男『アビシニアン』で、夫を亡くしたことで生の実感を失い、食べることでそれを取り戻した女性の軌跡が語られるが、日々ただ生きることを再発見した私は彼女を思い出した。
人と動物を分かつものは言語と思考であり、それらを用いて人は記憶と時間を手に入れた。私はそのことを実感した。

沈黙/アビシニアン (角川文庫)

沈黙/アビシニアン (角川文庫)

提督として2014年を迎える

今朝も床からツイートし、後ほどツイート時間を確かめてほぼ日手帳に就寝・起床時間を記入する。寒さに震えながら入渠と遠征と近代化改修と補給と開発と建造の任務をこなし、演習させながらスープを温め、出撃させながらごはんを食べる。
前日深夜のアニメを見ては消し、神戸時代の相棒の再放送を録画してはほくほくする。ソンが可愛くて生きるのがつらい、と言いながら生きている。
自分が子供を持つことは諦めているが、私のような人間を反面教師にして世の発達障害児やその親御さんに見ていただくことで社会に貢献できないかなどと考え始めた。
「甘やかされた」「わがまま」といった魔法の言葉で抑圧されたことでどうしようもなく壊れてしまった様を晒せば、親御さんの「自分の子供にはこうなってほしくはない」という危機感をあおることにはなるだろう。こだわり行動や感覚過敏を実感として理解することは難しいかもしれないが、「そういうものがある」「そういうものを感じているからこの子は不快なのだ」という概念を理解する一助にはなるはずだ。自分の感覚は自分特有のもので理解されがたい、自分と他者は厳然と違う存在なので自分のルーティンで動くわけではない、といった当たり前のことを子供の当事者がきちんと認識できればいい。
そして私自身も、「管理する」という曖昧な概念をきちんと具体化し、実行するための塑像を作ることができている。カウンセリングでもきちんと「今週はちゃんと生活しました!」と恥じることなく発言できる。
停滞していた人生が動き始めたような気がする。