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知的饕餮日記

はてな女子で知識欲の亡者で発達障害で腐女子な人の日常だったり恨み節だったり

「理解してもらおう」とするコストを払う

兄たちにはこのブログのURLを教えている。
それにもかかわらず変態じみたことばかり書いているが、まぁそれは私という人間が変態であるのだからしかたがない。変態じみた偏執がなければ私ではない。

これは一種の対話である。

私は血の繋がった人と対話をした記憶がない。もちろん言葉を交わしたことはあるが、互いを尊重し、好きなものを認識し、理解を得られたことはついぞない。小学生の頃の私の言動は『わがまま』として消費され、思春期の頃は「何か難しいことを考えている、気持ち悪い」程度の認識しかしていなかったはずだ。おまけに20年近くリアルで会ってもいないのだから、私という人間がどんな要素でできていて、何を求めているのか、理解しているとは思えない。

先日、兄へメールを送った。

無責任に私をこの穢土へ放り出し、私の責任ではないすべての不都合を私のせいにして心の安寧を図った連中は許しがたい、といった内容である。
しばらく後、次兄から返信が来た。次兄もあの親はどうしようもない人間のクズであるという認識はしているらしいが、長兄と妹に逃げられ、結果的に今一番親と近い位置にいるため、かつて受けた理不尽を水に流して交流しているらしい。
それ自体は兄の選んだ人生だし、私がどうこう言うことではない。しかし、どうにも見解の相違が見られる。
例えば、文中で「チャンコさんにとってはやっぱり過去を返して、って思うよね」とある。

私の絶望はその程度のものではない。

私が求めるのは虚無である。よりわかりやすく言うとvoidである。spaceでは何もない空間がある。nullでは少なくとも呼び出すための左辺がある。voidは何もない。そこに何かがあった痕跡すらない。初めからこの宇宙には存在しない。
そうありたかった。一番病んでいた時は、本気でそうありたかった。虚無であることを求めていた。
もちろん既に私は存在してしまったのだから、今から存在をなかったことにはできない。絶対にできないことを求めて、私はますます病んだ。

「人生をやり直せるとしたら、いつに戻りたい?」という質問があるとする。

メンタルを病んだある友人は、この問いに「親を選び直したい」と答えた。不都合な人生の原因を親に求めるという点で、彼と私には共通点があるのだが、彼は『彼』という人間であることを保ちたいということが、この返答から伺える。ひとりっ子で、比較参照すべききょうだいのいないことも、この発想を支持していると思われる。
私の答えはこうである。
「受精する精子を変えたい、それが叶わなければ流産したい、それも叶わなければ分娩台から転げ落ちたい」
私はちょっと高いIQを相当低いEQを持ち合わせて生まれてしまい、馬鹿からは甘やかしてもいないのに「末っ子だから甘やかされてわがまま」という魔法の概念を与えられ、奇行をすべて『わがまま』で処理された。少なくとも生まれてから20年くらいの間は、ほんの少しの「生まれてきてよかったこと」を凌駕し駆逐する勢いで襲い来る「生まれてくるのではなかったこと」に押しつぶされた。「お金がかかる」と口癖のように言う連中が、なぜ存在するだけで資産を浪費する生き物を飼うに至ったのか、私はまったく理解できない。
しかしこの感受性と中途半端な適応力がなければ、きっと馬鹿が馬鹿であることに気づかず、自分が存在することに対するコストにも気づかず、ここまで病まずにもっと楽に生きられたかもしれない。兄たちが、はからずもそれを証明してくれている。
受精した時点で、人生はある程度決まる。スペック的にも、環境的にも、人は自分の生まれから逃れることができない。
私を作ったのは、発達障害の因子が乗ったベリーハードモードの精子であったはずだ。もう少しノーマルモード人生を約束された精子であれば、私の苦悩は一切存在しなかったと思われる。底辺の馬鹿の子にふさわしい人間であれば、抗鬱剤など必要なくなる。
これは今ここに存在する私を否定する考えである。

存在をなかったことにしたいほど、絶望していた

へその辺りでものすごい重力と怨嗟を発しているブラックホールを消すには、私ではない別の『フルヤさんちの第三子』を求めるしかないのだ。
「過去を返して」などという甘い絶望では断じてないし、「親を選びたい」ほど今の自分を保ってもいない。
存在したくなかった。
「お金がかかる」なら、第三子を出産しない選択もあったはずなのに、馬鹿はそれを選ばなかった。きっと「命を消すのは可哀想」といった砂糖菓子のような唾棄すべき甘い感傷があったからだろうが、生んでおいてまったく理解も想像も及ぼさず、ただ食事だけ与えて放置して、「お金がない」と呪詛を刻み、問題を起こしたら「お前が存在するのが悪い」とばかりに責め立てる方がよほど「可哀想」だと思うのだが、馬鹿はそんな風に具体的な想像ができない。
だから、違う精子を受精して違う人間になるか、人生を始める前にこの世から消えたい、という結論へと至ったのである。

こう書いても

はたして兄は理解できるのか、一抹どころではない量の不安がある。
今北産業』という言葉があるように、長文の読み取りを苦手とする人は一定数存在する。
それでも、『銀の匙』で八軒くんが家族へ挑むように「理解しようとする努力を怠ってはいけない」という心持ちでいなければならないのだろう。
「理解してもらおう」というコストを支払ったことを、全世界へ証明する必要がある。そうでなければ、対話したとは到底言えない。